ここ数日、ちょっと思い立って、古いフラメンコの歌のお勉強なぞしております。
1900年代初頭の頃からの音源を聴いて、歌詞を見ながら訳したりして。
で、改めて思うのは、この頃のシギリージャって、ホンット
ヘビーな歌詞ばっかりですね。
一言で言えば「恨み節」。
俺は時間を呪う
時計を呪う
この両手を呪う
焼き印を押された両手を
昔は盗みを働くと手に焼き印をされたのでしょうか。
・・・こんなんばっかり。
こういう短い歌詞を、う〜んと延ばして繰り返しながらそれぞれに2−3分かけて歌う。
なんかただ事じゃない吸引力があります。
夢中になってこんな歌ばっかり聴いてたら、なんか体調悪くなっちゃって。
シギリージャの毒に当たったのかな・・・
けどこういうスタイルがフラメンコの源流に最も近い形と言われてます。
そう思うと、フラメンコってやっぱ一筋縄では行かないですね。
てなわけでちょっとさわやかな写真を。
先週保育園で頂いたお花です。

1900年代初頭の頃からの音源を聴いて、歌詞を見ながら訳したりして。
で、改めて思うのは、この頃のシギリージャって、ホンット
ヘビーな歌詞ばっかりですね。
一言で言えば「恨み節」。
俺は時間を呪う
時計を呪う
この両手を呪う
焼き印を押された両手を
昔は盗みを働くと手に焼き印をされたのでしょうか。
・・・こんなんばっかり。
こういう短い歌詞を、う〜んと延ばして繰り返しながらそれぞれに2−3分かけて歌う。
なんかただ事じゃない吸引力があります。
夢中になってこんな歌ばっかり聴いてたら、なんか体調悪くなっちゃって。
シギリージャの毒に当たったのかな・・・
けどこういうスタイルがフラメンコの源流に最も近い形と言われてます。
そう思うと、フラメンコってやっぱ一筋縄では行かないですね。
てなわけでちょっとさわやかな写真を。
先週保育園で頂いたお花です。


